英語の発音をカタカナで覚えるって、英語デビューの辺りには誰もが通ります。
全く覚えたことのないアルファベットを、既に知っているカタカナで覚えるって、当然の流れな気がします。
翻訳家さんが、興味深い話をしてくれました。
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▼まだまだ聞いた翻訳家さんの面白解説▼
「英語の○○って…」的な質問に翻訳家さんが答えてくれました
スピード・ラーニングな「掘ったイモいじるな」
以前に英語で空耳って?という記事を寄稿しました。
中でも登場した、タモリ倶楽部の空耳アワーは、英語が日本語に聞こえてしまうというのがのおもしろさです。
そして、英語習得にとって、この「空耳性」は、実に重要だというお話をさせてください。
似ているというのは大事なポイントで、英語習得の肝は物真似かもしれないのです。
例えば、
が「掘ったイモいじるな」に聞こえる式の話は、ネットなど各方面でもおなじみの話題ですが、実は、これ、元がジョン万次郎だったってご存知ですか?
ジョン万次郎というのは、江戸末期の文政10年1月1日(1827年1月27日) に土佐(今の高知県)生まれた漁師さんだったんですが、14才の時に、手伝いとして漁に出た時、嵐に遭ってしまい、漁師仲間4人と共に、無人島の鳥島に漂着して、143日もそこで過ごしたんです。
タイの洞窟に閉じ込められたサッカー少年たちが、洞窟に閉じ込められていたのが、丸々17日間ですかね。
その10倍近く、無人島で食うや食わず、どうやって生きのびたのかは分かりませんが、およそ5か月近くです。
救出劇
と、その無人島にたまたま通りがかったのが、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号。
万次郎は、仲間と共に無事救出されたのです。
寺子屋にも行ってなかった万次郎は、読み書きもろくにできなかったのですが、この数か月の長い船旅の間に、早速、アルファベットを習い、かなりの英会話を習得したそうです。
頭のいい人だったんですね。
また、船長も幸いいい人だったので、彼は後にマサチューセッツ州の学校に入学までしています。
結局、彼は帰国を決意して、琉球に上陸します。
おそらくサンフランシスコ、当時は桑港と言ってたかもしれませんが、ちょうどアメリカはゴールドラッシュの頃だろうと思います。
彼も大もうけして船賃を稼いだのかもしれませんね。
詳しくは、井伏鱒二が書いた『ジョン万次郎漂流記』という本が偕成社文庫から出てるので、それを読んでくださいね。
細かいところ、誤認があったらお許しください。
で、万次郎は日本にたどり着いたものの、その頃は、ペリーが浦賀に現れ、開国を迫っていた頃です。
日本が百年の鎖国から目覚めようとしていた幕末ですよね。
先見の明のある士との出会い
琉球と言えば、琉球貿易で栄えていた島津藩。
島津藩と言えば、NHKの大河ドラマでおなじみ、先見の明があった藩主の島津斉彬(なりあきら)の登場です。
開明家で西洋の文物に興味のあった斉彬は、万次郎の英語の知識や造船の知識に着目して、後には薩摩藩の開成所という藩校の英語講師に抜擢し、もうそれ以降、彼は目ン玉がひっくり返るような大出世を遂げます。
故郷の土佐藩に戻ると、武士の身分まで与えられ、藩校の教授にまでなります。
あげく万延元年になって、幕府が日米修好通商条約の批准書を交換するために、咸臨丸を出すということになると、それに乗って通訳(当時は通詞と言ってたんですが)となって、彼はアメリカにも再度、渡ったのです。
帰国時には、いっしょに来た福沢諭吉と共に、ちゃっかりウェブスターの英語辞書を買って帰ったそうで、明治維新になった後は、明治政府によって、開成学校という現在の東京大学の英語教授にまでなってしまったのです。
すごいですねえ、漁師だった人が、大学教授になってしまいました。
すばらしいことじゃないですか!
船で遭難しなければ、これほどの波乱万丈はなかったでしょう。
いわば万次郎風に言うと、「メリケ」は、つまり、アメリカは万次郎の大恩人なわけです。
空目の事件
空耳の話なんかをして、万次郎さんが土佐藩(高知)になんて文字を目にしてたらですね、
事件が起こったのであります。
「であります」なんて、えらそうに。
ついに、空耳から発展して、空目な出来事が起こってしまいました。
お笑い芸人ノンスタイルの石田明さんがネット上で公開したのがきっかけで、ある財布が空前の大ヒットとなっているらしいのです。
それが「高知の財布」という代物で、現物を見たほうが早いので、
ブランド音痴の僕は、その「高知の財布」がなんでおもしろいのかが最初は分からず、よく財布やバッグで見かけるCOACHというブランドがあったんですね。
そんなことも知らんのかいと怒らないでください。
なんで、それがいいのかはよく分からないのですが、確かにそういうの見かけます。
つまり、「高知の財布」は「COACHの財布」の元々空耳物件だったのです。
ところが、その駄じゃれが、失礼、空耳が、実際に形となった財布を見ていると、「高知、高知、高知・・・」と漢字が並ぶ様子が、COACHの財布の「COACH、COACH、COACH、COACH・・・」の並びにそっくりで、思わず笑ってしまいます。
そう、これが空耳が空目に変わったイグ・ノーベル的な瞬間です。
掘ったイモをいじろうアワー
はい、それでは、お待たせしました、ここで「掘ったイモいじるな」の英語をいじるコーナーです。
万次郎式の「こーる」は、英語の何でしょうか?
呼ぶの call でしょうか?
実は、cold の万次郎式なのです。
以下、掘ったイモの跡を見てみましょうね。
人によっては、イギリス人は、goをゲォ~ウと言ってるように聞こえます。
今度は、文章編。
というわけで、結局、ジョン万次郎先生も、基本は空耳アワーだったということが、これでお分かりいただけたと思います。
カタカナ表記もばかにできず、これのおかげで、日本の英語習得は始まったと言っても過言ではないわけです。
つまり、万次郎さんがいなければ、現在の日本は現在の日本でなかったかもしれないのであります。
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